満たしても、また渇く
喉が渇いて、冷たい水を一気に飲み干す。
その瞬間は、たしかに満たされます。
でも、少し経つと、また同じ渇きがやってきます。
欲しかったものを手に入れた日も、
似たようなことが起こることは、ないでしょうか。
満たされたはずなのに、
気づけば、また何かを探している。
渇きの正体が、わからないまま
新しいものを買う。
目標を達成する。
誰かに認められる。
そのたびに、少しだけ満たされます。
でも、長くは続きません。
また、次の何かを探し始めます。
何に渇いているのか、
本当のところは、よくわからないまま。
それでも、探すのをやめられません。
神様は、すでに知っている
聖書には、こう書かれています。
何に渇いているのか、
自分でもわからないその手前から、
すでに知っている方がいる。
そう考えると、少し肩の力が抜けます。
井戸端で、渇いていた人
聖書に、こんな場面があります。
一人の女性が、昼の暑い盛りに、
一人だけで井戸に水を汲みに来ていました。
そこで、聖書の中心人物であるイエス様と出会います。
イエス様は、こう言いました。
彼女が渇いていたのは、
本当は、水だけではなかったのかもしれません。
その水を、飲んでみませんか
聖書は、こう締めくくっています。
信じる、信じないを、今すぐ決めなくても大丈夫です。
ただ、次の何かを探しに行く前に、
一度だけ、こう呟いてみませんか。
「神様、私は渇いています」。
その先に、何が待っているのかは、
まだわかりません。
それでも、もう探し回らなくていい日が、
少しだけ、待ち遠しくなります。
祈りの提案
あなたは今日、このように祈ってみましょう。
神様は、あなたの言葉、あなたの祈りを待っておられます。
「イエス様、私は渇いています。私のために十字架にかかり、私の罪を赦してくださり感謝します。今、心のうちに、あなたをお招きします。今日から、私の人生の主として、私を導いてください。あなたがくださる、決して渇くことのない水で、私を満たしてください。」