# トラクト # 渇き # 生ける水 # 招き

満たしても、また渇く

満たしても、また渇く

満たしても、また渇く

喉が渇いて、冷たい水を一気に飲み干す。

その瞬間は、たしかに満たされます。

でも、少し経つと、また同じ渇きがやってきます。

欲しかったものを手に入れた日も、

似たようなことが起こることは、ないでしょうか。

満たされたはずなのに、

気づけば、また何かを探している。

渇きの正体が、わからないまま

新しいものを買う。

目標を達成する。

誰かに認められる。

そのたびに、少しだけ満たされます。

でも、長くは続きません。

また、次の何かを探し始めます。

何に渇いているのか、

本当のところは、よくわからないまま。

それでも、探すのをやめられません。

神様は、すでに知っている

聖書には、こう書かれています。

📖 聖書
父なる神は、あなたがたに何が必要かを、あなたがたが祈る前からすでに、ご存じなのです。

何に渇いているのか、

自分でもわからないその手前から、

すでに知っている方がいる。

そう考えると、少し肩の力が抜けます。

井戸端で、渇いていた人

聖書に、こんな場面があります。

一人の女性が、昼の暑い盛りに、

一人だけで井戸に水を汲みに来ていました。

そこで、聖書の中心人物であるイエス様と出会います。

イエス様は、こう言いました。

📖 聖書
イエスは言われました。「この水を飲んでも、すぐにまた、のどが渇きます。 けれども、わたしがあげる水を飲めば、絶対に渇くことはありません。わたしがあげる水は、それを飲む人のうちで永久にかれない泉となり、いつまでもその人を永遠のいのちで潤すのです。」

彼女が渇いていたのは、

本当は、水だけではなかったのかもしれません。

その水を、飲んでみませんか

聖書は、こう締めくくっています。

📖 聖書
聖霊と花嫁は、「来てください」と言っています。これを聞く人々は、同じように、「来てください」と言いなさい。渇いている人(求めている人)は、だれでも来なさい。そして、いのちの水をただで受けなさい。

信じる、信じないを、今すぐ決めなくても大丈夫です。

ただ、次の何かを探しに行く前に、

一度だけ、こう呟いてみませんか。

「神様、私は渇いています」。

その先に、何が待っているのかは、

まだわかりません。

それでも、もう探し回らなくていい日が、

少しだけ、待ち遠しくなります。

祈りの提案

あなたは今日、このように祈ってみましょう。

神様は、あなたの言葉、あなたの祈りを待っておられます。

「イエス様、私は渇いています。私のために十字架にかかり、私の罪を赦してくださり感謝します。今、心のうちに、あなたをお招きします。今日から、私の人生の主として、私を導いてください。あなたがくださる、決して渇くことのない水で、私を満たしてください。」