# トラクト # 迷子の羊 # 郷愁 # 招き

小さい頃の夢を、覚えていますか

小さい頃の夢を、覚えていますか

■一、小さい頃、当たり前だったこと

小さい頃、寝る前に、小さな願いごとを、
誰にともなく呟いていたことは、ないでしょうか。
「明日、晴れますように」
「あのテスト、うまくいきますように」

誰が聞いているかなんて、考えたこともありませんでした。
それでも、話しかける先が、ちゃんとある気がしていました。

■二、いつから、話しかけなくなったのだろう

いつからか、その習慣は、なくなりました。
子どもっぽいと思うようになったのか、
忙しさに、紛れてしまったのか。
はっきりした理由は、思い出せません。

気づいたら、誰にも何も願わなくなっていました。
願うより先に、自分でどうにかするようになっていました。
それは、大人になった、ということなのかもしれません。
でも、少しだけ、寂しい気もします。

■三、神様は、忘れていません

でも、聖書という本には、こう書かれています。
この世界を造られた神様は、
あなたのことを、一度も忘れたことがない、と。

小さい頃、あなたが誰にともなく呟いていたあの言葉は、
誰にも届いていなかったわけではないのかもしれません。

■四、迷子を、探しに来る方

聖書の中心人物であるイエス様は、こんなたとえ話をしています。
羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹が迷い出てしまったら――
「ほかの九十九匹は放っておいて、いなくなった一匹が見つかるまで捜し歩くでしょう」
(ルカの福音書15章4節)。

迷子になったのは、悪いことをしたからではありません。
ただ、はぐれてしまっただけです。
それでも、探しに来てくれる人がいる。
聖書が語る神様は、そういう方です。

■五、見つけてください

聖書には、こんな祈りの言葉もあります。
「ああ神よ。私の心を探り、内面を調べ上げてください」
(詩篇139篇23〜24節)。

信じる、信じないを、今すぐ決めなくても大丈夫です。
ただ、久しく話しかけていなかったその先に向かって、
一度だけ、こう呟いてみませんか。

「神様、私を見つけてください」。

イエス様は、こうも言っています。
「わたしが来たのは、いのちをあふれるほど豊かに与えるためです」
(ヨハネの福音書10章10節)。

見つけてもらった先に、
何が待っているのかは、まだわかりません。
それでも、少しだけ、
ワクワクしてもいいのかもしれません。

■六、祈りの提案

あなたは今日、このように祈ってみましょう。
神様は、あなたの言葉、あなたの祈りを待っておられます。

「イエス様、迷子になっていた私を、見つけに来てくださって感謝します。私のために十字架にかかり、私の罪を赦してくださり感謝します。今、心のドアを開きます。あなたを心のうちにお招きします。今日から、私の人生の主として、私を導いてください。小さい頃感じていた、あの安心感を、もう一度与えてください。」